ジョージ・ガーシュウィン
ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin, 1898年9月26日 - 1937年7月11日)は、アメリカの作曲家。
出世作となったのは、作詞家アーヴィング・シーザーとの共作になる1919年の歌曲「スワニー」。
1920年代以降は、作詞家となった兄アイラ・ガーシュウィンと組んで、レビューやミュージカル向けに多くのポピュラー・ソングを送り出した。
クラシックにも取り組み、1924年には「ラプソディ・イン・ブルー」(Rhapsody in Blue)を発表。オーケストレーションにファーディ・グローフェの協力を得て、ジャズとクラシックを融合させたこの作品は「シンフォニック・ジャズ」の代表的な成功例として世界的に評価された。
その後独学でオーケストレーションを学び、いくつかの管弦楽作品を残した。そのひとつ「パリのアメリカ人」(An American in Paris、1928年)もよく知られている。因みに、オーケストレーションを学びたいが為にイーゴリ・ストラヴィンスキーの元に訪れたら、クラシック作曲家としては異例の高収入で知られていた事から、逆に『如何すれば其処まで収入を上げられるのかこちらが教えてほしい』と言われたエピソードがある。また、モーリス・ラヴェルにも教えを請うたが、ラヴェルからは「あなたは既に一流のガーシュウィンなのだから、二流のラヴェルになる必要はないでしょう」と言われたと言う。
1937年7月11日、脳腫瘍のためハリウッドにて急逝した。まだ38歳9ヶ月の夭折であった。