ジャン・シベリウス
ジャン・シベリウス(Jean Sibelius, 1865年12月8日 - 1957年9月20日)は、フィンランドの作曲家である。
1891年に「クッレルヴォ交響曲」作品7を手がける。翌年春に初演。これは管弦楽に、独唱・男声合唱の加わる大規模な曲である。好評をもって受け入れられたが、3度しか演奏されないまま、生存中演奏されることはなかった。
1899年に「愛国記念劇」の音楽を発表。この曲の7曲目が改作されて交響詩「フィンランディア」作品26として独立し、人気を博した。
1904年にヘルシンキ郊外のヤルヴェンパーに「アイノラ」を建てる。この頃より、作品の性質がフランス印象派への接近を見せはじめる。
1923年の交響曲第6番作品104、1924年の交響曲第7番作品105、1925年の交響詩「タピオラ」作品112を頂点にして、以後重要な作品はほとんど発表されなくなった。
1957年にヤルヴェンパーで脳出血により没。 91歳。ヘルシンキの大聖堂で国葬が営まれ、棺はアイノラの庭に葬られた。