アルフレード・カゼッラ


アルフレード・カゼッラ(Alfredo Casella, 1883年7月25日 トリノ - 1947年3月5日 ローマ)はイタリアの作曲家・ピアニスト・音楽教師。

レスピーギやマリピエロ、イルデブランド・ピツェッティら「80年世代(generazione dell'ottanta)」の作曲家の一員として、それまでのイタリア人作曲家のオペラ偏重を斥け、器楽曲の作曲に集中した。この世代は、プッチーニ亡き後にイタリア楽壇の主役になり、文学界や画壇の新しい運動と連携した。カゼッラの場合はとりわけ美術に熱中して、重要な美術作品を蒐集した。

パリ時代は、同窓生ラヴェルの文芸サークル「アパッシュ」の一員であり、フォーレ以降のフランス近代音楽の影響を受けるとともに、ストラヴィンスキーの《春の祭典》世界初演の大騒動も経験している。また同時代のウィーンの音楽に傾倒して、早くからマーラーやシェーンベルクを支持した(マーラーの《夜の歌》を4手ピアノ用に編曲してもいる)。初期作品は、このため後期ロマン派音楽の作曲様式から表現主義的な無調音楽にいたるまで、さまざまな作曲の可能性を追究している。

だが帰国後は、ストラヴィンスキーの新古典主義音楽への転向に倣って、カゼッラもイタリア新古典主義音楽の旗手となった。レスピーギと違って歌謡性や叙情性を保ってはおらず、マリピエロほどポリフォニックではない。成熟期の作品には、屈折した響きと乾いたユーモア、そしてほの暗い情熱を漂わせた独自な表現をとるに至った。リズミカルな作品にユニークなものが認められる。反面、全音階による平易な旋律も特徴的である。